(コラム)人材育成は誰のため?

人材育成についてお悩みを感じたことがない社長はいないのではないでしょうか。

世界的に有名な経営者であっても人材育成の悩みは同じです。
米国を代表する総合スポーツブランド、ナイキの創業者フィル・ナイト氏も上場してしばらくした頃に人材育成に悩んで、当時の日商岩井(現双日)CEO速水優氏(後の日銀総裁に相談した逸話が自叙伝の中で書かれていて印象的です。

最近の日本は人手不足で、ブラック企業?と、ちょっとした風評でもたてば若手の人材はまったく寄ってこないような世の中の状況です。そうでなくても、一般的な中小企業にとっては若手の採用は難しいので、今の社員にはもっともっと活躍して欲しいけれど、働き方改革がトレンドで残業は減らさないといけないし、無理をさせて戦力の社員に辞められてしまっては本末転倒で、いったいどうすれば?とお悩みの中小企業経営者もいらっしゃることでしょう。

社員が成長して、会社が成長する。そんな理想を実践している中小企業の経営者に先日お会いしました。株式会社アドバンテック・レヒュースの代表取締役社長堀切勇真氏です。群馬県で産業廃棄物収集運搬などの環境関連事業を営む会社の2代目社長ですが、同業、関連事業の会社3社にM&Aを実施し、それらを統括する持ち株会社の社長として売上約70億、社員総勢235名を束ねるグループに事業を成長させている37歳の若き経営者です。創業者である父親が掲げた経営理念を引き継ぎ、社員とその家族を大切にする経営を貫いていて、平均の人件費は黒字の同業者平均の1.6倍と業界最高水準。年間休日も127日と多く、とても人気業種とは言えない業界にもかかわらず、離職率は0.5%と驚異的な数字を記録しています。

M&Aというと、人員整理がつきもののネガティブなイメージもありますが、堀切社長がM&Aを実施した山形の会社では、買収後に全社員に20%を超えるベースアップが行われました。その原資は、退任した役員の報酬で、新たに経営者となった自分がもらわずに社員に還元したのだそうです。「衣食足りて礼節を知る。」そうこの若い社長が語る目線は真剣で、リーダーとしての器の大きさを感じました。

堀切社長を教育した父親は、日産自動車を辞めて会社を立ち上げたそうですが、皮肉な事に、その自動車会社の元CEOの公私混同ぶりがニュースの話題となっています。堀切社長はリーダーとして大事なことは「やり方」ではなく「在り方」だといいます。リーダーである経営者にとって大切なことは、まず人間としてどうあるべきかということですが、実際にそうした行動の積み重ねが説得力を生んでいるのでしょう。

そんな社長でもやはり人材育成に悩むことはあり、苦労も重ねてきたようです。これまで、社員一人ひとりと向き合う面談を定期的に実施してきている中で、最初は憂鬱になることもあったそうです。それでも、「ダメな社員はいない。いるのは優れたリーダーと無能なリーダーだけである。」との言葉を戒めに、様々な工夫や仕掛を徹底して、人が育つ環境作りに励まれています。

グループ全体で営業利益も右肩あがりの理由について、堀切社長は社員を大切にしてきた結果、社員が活躍してくれて業績があがっているのだと話します。当然、そこに至るまでには経営者の戦略や経営判断があってこそのことだと思いますが、何よりも哲学と信念をもち真摯に社員と向かい合い謙虚なリーダーであり続ける姿勢が全社員を活躍させる原動力なのではないかと考えられます。

冒頭のナイキ創業者の逸話では、フィル・ナイト氏が速水氏に優秀なマネージャーがなかなか見つからず困っていると、熱海の速水氏の別荘で愚痴をこぼします。すると、速水氏が庭の竹を示してこう言います。

「あの竹が見えますか?」(はい)

「来年、来られた時は30cm伸びてますよ。」

その言葉で、気づいたナイト氏は、現状のマネジメントチームをじっくりと辛抱強く育成しようと懸命に努力し、長期的にとらえたことで成功した、と書かれています。

人を育てるということは容易ではありません。もし、経営者として人が育たないとお悩みの時には、一度立ち止まってみて、「やり方」ではなく、会社の「在り方」や経営者の「在り方」について振り返ってみると、違った視点からその答えが見えてくるかもしれません。

(参考文献:SHOE DOG フィルナイト著 東洋経済)

  (2019年8月TASKSメルマガ寄稿を再掲載)